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坐禅とは

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私は坐禅とは有から無、
つまり雑念から無念への移行作業と考えております。

坐禅を始めるとしばらくは脳裏に思考がうずまき、
とめどもなく雑念やら妄想が湧き出て
まさに飽和状態となります。
シャワーを浴びているように噴き出てくることもあります。

しかし、十分から十五分を経過してくると、静かな流れに変わり、
時に湖水のほとりに浮かぶ水面のような
ゆったりとした境地になることがあります。

坐禅の終わりを告げる鐘の音が耳に届くころには
いつもすがすがしい晴れ晴れとした、
すっきりとした気分になっていることがよくあります。

この正法眼蔵生死の一節は、坐禅によって得られるものの
一つではないかと思います。


「世のため人のためにあわれみを深くして、
 心に煩わされたり、振り回されたりせず、
 また、深刻になって心配することもない。
 ただ、人事を尽くして、なりゆきにまかせ、
 したがってゆくだけ、これを仏という。」


「あるいは悪いことをしない、善行や功徳を積む。
 執着を離れて、目上の人をうやまい、
 下のものをあわれみ、どんなものでも毛嫌いしないという。」


私は坐禅をして、こんなことを実践していきたいと思うようになりました。
先日は元曹洞宗管長・大本山総持寺前貫首、板橋興宗禅師と一時間余り
対談をさせていただきました。

禅師は「坐禅はうつ病患者、自殺志願者、無気力の人にたいへん効く、
まさに特効薬ですよ。」とおっしゃいましたが、同感の至りです。
また、四六時中、仕事のことが頭から離れない経営者の方などには
坐禅はおすすめです。

万事休息す。何もない生産性のない座禅から
アイデア、ひらめき、気づきが生まれます。
坐禅は精神的知恵の宝庫なのです。

今から、ここから、みなさん、道心の人、
いざ、集結されんことを。



平成22年12月10日
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